予想外の聴力ダウン。
穏やかに制作をしていただけだから原因不明。
とりあえず、またステロイドを増量。
さすがに顔の浮腫みが始まった感じ。
此の時間帯と謂うか、
寝起きから数時間は呼吸が細くて、
座って作業をするしかない状態。
待機時間に遣れる事は限られる。
読書や映画鑑賞、ゲームも良いけれど、
作業が順調で睡眠時間を削ってやるくらいが丁度良く、
その状態ではないと集中出来なかったりする。
最近はその体力もないけれど。
どれも片手間は嫌で、集中しなければ楽しめない。
リドリー・スコットが仰る様に、
紙の上で優れた創造をして、良い仕事が成されている作品は、
驚くほど減った。特に国内のものは、
技術やツールの進化とは逆に劣化が酷い。
あまりにハズレが多くて、憤るくらいなら触れない。
偶にドラマや映画、バラエティを覗いてみると、
その選択が未だに間違っていないと思う切なさ。
長さや休符も関係なく、音符の数に合わせた歌詞の様に、
物語が存在しなければ、端的なワードだけが残る。
数年経つとその言葉はとても痛いものへ変化する。
静止画と違い動くものには物語の創造は欠かせない。
物語を抜きにしても、演技だけではなくて、
セットも衣装も違和感と謂うか、想像を破壊する。
或意味、物語より制作を見せている気がする。
観る側も、その答え合わせで楽しんでいる。
創作も創造も不要なのかな。
薬が効くまで、あとどれくらいなのか・・
呼吸だけ安定したら、先に珈琲フィルタを調達したい。
サイフォンの燃料が切れてからドリップで淹れている。
好みとしては、プレス>サイフォン>ドリップの順で、
見た目や面倒な手順も含めて、サイフォンが断然合う。
此の仕事は老若男女を問わず、
才能も含めて自分が商品に限りなく近いから、
先ずは自分で発信する事は大切だけれど、
それには限界がある。それを超えると、
実際に遣りたかった事や、行きたかった場所に辿りつけない。
誰かがリミッタを設定してくれる訳ではないし、
気づかない内に失敗を積重ねる事になる。
遣りたい事と真逆なら仕方ないけれど、
求められた事とタイミングは無視出来ない。
僕の場合は必要とされているか否かは全く疑わない。
求められた中に自分が僅かしか存在しなかったとしても、
それ以上になれば問題ない。と思っている。
仕事を請けるか否かはあまり問題ではなくて、
請けた仕事を落とすか否かが何よりも大問題。
仕事は全て請けて全うする事が当然だったから、
途中で落とす事は有り得ないと謂うか考えられない。
それが当然の様に今は起こる。
僕は性格も素行も問わないし、
結果を出してくれたらそれで良い。それでも、
仕事を落とす方は放置出来ない。落とす事は癖になる。
僅か1回でも、どんな理由でも、
次は慎重になるし、重要な部分を任せる事は出来ない。
それを放置すると全てを壊す事に繋がる可能性がある。
プロがそれぞれの仕事をして完成するものだから、
そこに選ばれて必要とされた意味を考えて欲しい。
才能が曖昧でも努力を続けられるなら、
未来に期待をする事は出来る。
落とし癖やサボり癖は似た様なもので、
或程度を超えると努力を怠る様になる。
低く線引きされても仕方ない。
才能を活かす事も才能で、その努力を楽しいと思えたら、
他とは違う特別な存在になれる。才能は無駄にないで欲しい。
さて、聴力チェックから。
既に身体の痛みは半端ないから効いてくれていると良いな。
10.10.2025
halftime
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