5.14.2025

難破船

作曲とアレンジは同時に考える。
頭の中で纏まった段階で楽譜にしたり打込んだりする。
そこまで済めば制作は一気に加速する。
言葉が入れば、歌が入れば、それぞれに合わせて微調整はするけれど、
キーが変わって全て録り直しでも1日で充分。

たぶん僕の中で音作りは流れ作業で、
頭の中で全て完結している。それをアウトプットするだけ。
演奏も含めて作業速度も早い方だと思う。
とても時間がかかった時期があるけれど、
想像の音を現場の機材や予算で、
如何やって再現するか、その工夫に時間が必要だった。

言葉や歌、想像以上の演奏が加わって、
音楽作品として最高へ達する。此れが楽しくて辞められない。
楽しくては少し違うか。

最高なのに物足りなさと謂うか、違和感を稀に感じる。
特に今は想像した音を再現する事に苦労はしないから、
全く妥協をする事はない。それなのに少し違う。

何故か解らない。そんな作品が1曲ある。
とりあえず、プロジェクトを開いて作り直す様に聴いてみた。
そうしてみると、音色は変えなくても、
スネアのベロシティだけでも肌がヒリヒリして、
胸はドキドキしている。そこにアジャストさせる作業をしている。

音楽を演れば楽しい。
その先は更に最高で、言葉に出来る感情としては息苦しい。
恋愛で苦悩する時は愛情に溢れている。けれど、
敢えてその状態を求めたりはしない。
音楽で辿りついた息苦しさは、敢えてそれを求めている。
今はとても息苦しい。


本来は1コーラス分不要だった。Bメロも要らなかった。
それでも作家の矜持として最高のBメロを書いた。
歌にするなら物語の展開として必要になる1コーラス分を追加した。
僕だけが喜ぶ作品は退屈なんだよね。


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