1.19.2026

Walking On The Moon

僕の制作の中でクワイヤ音源は必須で、
自分で録った音源も含めて、数えきれないくらい多く、
1社では決められないくらい多種多様。

Synthesizer Vで革新的なクワイヤがリリースされて、
そのデモ音源を聴いたけれど、
楽曲の中へ混ぜて使えばとても良いと思う。でも、
クワイヤだけで聴くと、未だ使えるとは思えない。
寧ろアイデアと工夫で、それ以上のものを作っている。

以前はストリングス等の生音源は、
差換え前提でMIDI音源をオーディオ化して提出していた。
生音源と差換えられるかは制作費次第で、
今回はどこまで差換えられるのか、それ次第でクオリティは全く違う。

いつの間にかMIDI音源のままでリリースされる事が増えて、
何故それて良いのか本当に悩んだ時期がある。
やはり納得が出来ない。
サンプリング音源を使って試行錯誤をしながら、
納得が出来る音を作れる様になったけれど、
飽くまで他の音と混ぜた場合だけ。ソロでは無理がある。

ソフト音源が進化をして、そこまで苦労しなくても、
ソロでも文句なしにリリース出来る音に仕上げられる様になった。
自分で弾いていたアコギやベースも、
自分で弾いた様に再現出来る様になった。
それでも自分のエレキだけは現状のソフト音源で再現は不可能。
此れは主観だし、端的に弾いた方が早くてカッコ良い。

歌に関しては、自分のギターと同様に、
今のツールでは納得出来るクオリティには達していない。
ボーカロイドにも期待をしたけれど、
結局、飛び道具のままで全く興味を抱けない。
AI生成も僕が知っている歌い手の中に並べてみると、
フルコーラスで使える歌い手にはならない。
とても退屈な歌で、仮歌に使えば余計な要素が多く、
それならガイドメロディを使った方が良い。

音楽の中でのAI論争はとても滑稽で、
音楽が好きで沢山の作品をインプットして、
自分を形成していく過程は人間もAIも同じ。
アウトプットが異なっていて、
本来の作曲家なら、作曲の段階でインプットした音楽が、
無意識に投影されていたと気づけば、その段階で破棄をする。
オリジナルなのかパクリなのか、その線引きに矜持がある。
AIはそこが自由と謂うか無法者に感じるけれど、
インプットしたものを繋ぎ合わせる事しか出来ない。

売れたものに似せた発注が来て、
それを許せるか否かで、残念ながら後者の作家は少なくない。
結果としてAIが吐きだす音楽と同じ事になる。
人間でもAIでも、その仕事を指示した人間の是非で、
MIDI音源で良しとした制作側と、受け入れた聴き手と同様に、
受け入れられてしまえば、人間でもAIでも如何でも良くなる。

作曲も、作詞も、歌も、音も、
音楽は好きか嫌いだから、それがAIでも良いと思う。
論争は手遅れで、使うか否かしかない。

コロナ禍の時には、どうしたらロックが死なないか奔走した。
でも、音楽を守るとか、音楽の進化を考える事は辞めた。
制作費が許せば生音源を使っていきたいし、
シンセにはそれとは異なる音と表現として使う。
どちらも僕の作品に必要だと思うから使う。
琴線を叩く事、記憶に残る事、いつか笑顔になれる事、
それだけを考えて作る様になった。飽くまで仕事だけれど。

既に音楽だけに集中する時間と謂うか、
集中させる音楽が激減してきて、
発注者と請負業社だけの音楽産業になって、
仕事として音楽を発想する人が居なくなっても、
いつか音楽を奏でる日が戻ってくる。
音楽を奏でる事は楽しい事だからね。


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