急遽入った予定に合わせて動いていたけれど、
直前でキャンセルになって、時間と労力が無駄になった。
以前は1年に1回起こるか否か程度だったのに、
今年は数え切れないくらい発生した。
自分本位は悪い事ではないと思うけれど、
幾つか吐いた言葉と気持ちが嘘になる。
親や教師ではないから、何でも受け入れる事はない。此れは仕事。
本来は対等に出来なければ仕事は楽しくないから、
才能と気持ちを確認出来れば、教える事も厭わない。
僅かでも成長は嬉しいけれど、楽しい仕事は始まっていない。
対等に仕事が出来る相手なら気持ちを問う事はない。
気持ちも責任感も揃っているから、仕事として始まる。
想像以上にしたくなるし、
助ける事もぶつかる事も作品のクオリティが上がれば大歓迎。
誰かと制作をする事で自分も成長したり変化が起きる。
だから楽しい。仕事は楽しくなければ意味がない。
結果を出していないどころか、
僕には仕事として始まってもいない段階で、こんな事象が起きる。
気持ちだけで仕事の体裁を保っているから、
そこが欠如してしまえば完全に仕事として成立しなくなる。
結局、気持ちは判らないから言葉で問うて、その言葉を信じる。
言葉を疑う事が面倒と謂うか、仕事で嘘は有り得ない。
昨日と今日で変化が起きても、相手にしてみたら嘘にしかならない。
寧ろ明日を疑いながらする仕事は考えられないし、何より楽しくない。
やはり端的に嘘吐きが増えたと思う。
創造が出来て、それを形にする制作が出来なければ、
昨今はプレゼンテーションに辿りつかない。
人集めだけをしていた芸能事務所にはハードルが上がる事になるけれど、
あまりも無責任な所が増えてきたから良い事だと思う。
コンセプトやアイデアがあれば必要な資質も人材も限られる。
誰でも良い訳ではない。才能は幾ら資金が豊富でも買えない。
それなのに無責任な嘘吐きが増えた。
ちょこっと矛盾。責任感のある嘘吐きは居ないか。
困ったな。信頼がなければ期待も当然出来なくなって、
全く楽しくない。なにこれ?
努力と成長はプロなら続いていく事だけれど、
その熱量が物語になって作品を昇華させる時期は確実に存在する。
それを活かす事は難しいけれど、とても楽しい事だから、
若い才能のプロデュースを今も続けている。けれど、
これだけ嘘が増えるなら対等に仕事が出来る人だけで良いと思ってしまう。
僕の仕事は音楽で、音楽に辿りつかなければ無駄でしかない。
でもね、此処を最後にしたいと謂うよりも、
此処が最後かなって思う。
コンセプトはとてもシンプルで、直球だから最強。
それ以外は何を考えても変化球になって、
いつか破綻して消えていく。端的に一瞬は楽しいけれど、
完成までに僕は飽きてしまう。琴線は全く叩けない。
最強の直球は此処に在って、それ以上を追加したいとも思えない。
次がない所まで辿りつけた。
それには熱量と資質が欠かせないから、
削られても耐えてきたけれど、余りにも多かった。
折れる事はなかったけれど、痛いものは痛い。
12.10.2025
Sigh
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