知人にメニエールの症状が出ていたり、
突発性難聴の診断をうけたと聞くと、とても胸が痛い。
たぶん医師以上に経験豊富で、アドバイス出来る事はあるけれど、
先ずは医師に従った方が良い。と思うけれど、
聴力に関しては医師の方針が全く異なり、
早期に何とかしないと、望む治癒に辿りつかない事がある。
どちらも快方へ向かいだした様で、
とりあえず安心。繰返さないと良いな。
僕の病状は、
咳で体力を奪われ、或程度落ちついたら眠る。
約3時間程度で咳き込んで起きる。
その繰返しからは解放されて、咳で起きる事はなくなった。
咳は残っているけれど、此の程度は慣れている。
やはり喘息症状に酷似はしていたけれど、
喘息発作とは異なる。
咳が多いから息苦しさはあるけれど、
呼吸が追いつかない事はない。だから喘息薬も意味がない。
休む以外の選択肢がない症状だった。
スケジュールの崩壊は半端ないけれど、
天候と体調のタイミングが合い、バイクで海まで行けた。
夏が訪れる前の海の緊張感は楽しい。冬も然り。
締切の有無で異なるけれど、
煩わしい事を後回しにする言訳になっている。
勿論、遣る事は先に済ませたいけれど、
相手が居ると驚くほど停滞する。
何より、どんな事でもルーティンになる事が苦痛で、
苦痛が全てを壊す感じ。やはり我儘作家なのかも。
6月は瑣末な事が幾つかあり、さっさと片づけたい。
今日はプレゼン予定だったけれど、数日延期。
不確定だけれど嬉しい話を聞いて、
提供楽曲の調整に少し時間がかかる。
出来る事は確実に減って、全力で楽しむ事は不可能だけれど、
身体が如何なっても構わない。或意味無敵。
誰かと仕事をすればお互い熱量は上がる。
音楽制作に携われば、それは自然な事で、
寧ろ熱が籠らない作品は穴だらけで退屈でしかない。
作品に寄り添えたら自分の物語が生まれて、
誰かに伝えたくなる。それがアーティスト。
自分の人気の為に作品を利用する事を考える方は、
最早作品を理解していないし、自分を見失っている。
今は圧倒的に後者が増えて、アーティストは絶滅に近い。
あと何人と出会えるか判らない。1人も居ないかも。
出会えたら音楽を伝えていきたいと思う。
こんな事は教える事でも教わる事でもないけれど、
才能が爆発的に増加しているのに、
制作の現場が此れでは才能が浪費される。
此れを軌道修正するのは大人の仕事。
提供楽曲を整理する為に改めて聴いてみると、
仮歌の時点で熱量は満載。
そこにアーティストが更に想像以上の熱を加える。最高だよね。
音楽だけは無駄に生きていないから、
様々な事を知っている。どんな事で成長して、もっと楽しくなるか。
勿論、成長は簡単ではないし寧ろ厳しい事が多い。
その努力が知らなかった想いを生んで、想いは物語になる。
幾つもの物語が載って、ベクトルを揃えられたら、
その制作は成功で、作品は永遠でしかない。
5.31.2025
halftime
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