5.31.2025

halftime

知人にメニエールの症状が出ていたり、
突発性難聴の診断をうけたと聞くと、とても胸が痛い。
たぶん医師以上に経験豊富で、アドバイス出来る事はあるけれど、
先ずは医師に従った方が良い。と思うけれど、
聴力に関しては医師の方針が全く異なり、
早期に何とかしないと、望む治癒に辿りつかない事がある。

どちらも快方へ向かいだした様で、
とりあえず安心。繰返さないと良いな。


僕の病状は、
咳で体力を奪われ、或程度落ちついたら眠る。
約3時間程度で咳き込んで起きる。
その繰返しからは解放されて、咳で起きる事はなくなった。
咳は残っているけれど、此の程度は慣れている。

やはり喘息症状に酷似はしていたけれど、
喘息発作とは異なる。
咳が多いから息苦しさはあるけれど、
呼吸が追いつかない事はない。だから喘息薬も意味がない。
休む以外の選択肢がない症状だった。



スケジュールの崩壊は半端ないけれど、
天候と体調のタイミングが合い、バイクで海まで行けた。
夏が訪れる前の海の緊張感は楽しい。冬も然り。

締切の有無で異なるけれど、
煩わしい事を後回しにする言訳になっている。
勿論、遣る事は先に済ませたいけれど、
相手が居ると驚くほど停滞する。

何より、どんな事でもルーティンになる事が苦痛で、
苦痛が全てを壊す感じ。やはり我儘作家なのかも。
6月は瑣末な事が幾つかあり、さっさと片づけたい。



今日はプレゼン予定だったけれど、数日延期。
不確定だけれど嬉しい話を聞いて、
提供楽曲の調整に少し時間がかかる。
出来る事は確実に減って、全力で楽しむ事は不可能だけれど、
身体が如何なっても構わない。或意味無敵。


誰かと仕事をすればお互い熱量は上がる。
音楽制作に携われば、それは自然な事で、
寧ろ熱が籠らない作品は穴だらけで退屈でしかない。

作品に寄り添えたら自分の物語が生まれて、
誰かに伝えたくなる。それがアーティスト。
自分の人気の為に作品を利用する事を考える方は、
最早作品を理解していないし、自分を見失っている。
今は圧倒的に後者が増えて、アーティストは絶滅に近い。

あと何人と出会えるか判らない。1人も居ないかも。
出会えたら音楽を伝えていきたいと思う。
こんな事は教える事でも教わる事でもないけれど、
才能が爆発的に増加しているのに、
制作の現場が此れでは才能が浪費される。
此れを軌道修正するのは大人の仕事。


提供楽曲を整理する為に改めて聴いてみると、
仮歌の時点で熱量は満載。
そこにアーティストが更に想像以上の熱を加える。最高だよね。

音楽だけは無駄に生きていないから、
様々な事を知っている。どんな事で成長して、もっと楽しくなるか。
勿論、成長は簡単ではないし寧ろ厳しい事が多い。
その努力が知らなかった想いを生んで、想いは物語になる。
幾つもの物語が載って、ベクトルを揃えられたら、
その制作は成功で、作品は永遠でしかない。



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